子守唄

ねんねんころりよ おころりよ

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人には人の地獄があるなんて分かっていたつもりだったけど、いざ目の前で泣かれると何も言えない自分の器の小ささに呆れた。そういう日もありますよとかなんとか思ってもないことを呟いてみたけど、家路に急ぐ車たちのエンジン音に混ざって消えてしまった。

あなたはどう転んでもこちら側に来ることなんかないんだから、泣かないで。いつも明るくて、楽観的で、多分わたしより仕事ができない。でも庇ってくれる人がいるじゃない。優しい上司もいるじゃない。見て見ぬふりなんかされないじゃない。誰も助けてくれないのは決してわたしのせいではなくたまたまで、でもたまたまわたしはこっち側だった。あなた以外の全員は分かっていることをずっと分からないまま、わたしたちの間にある線を踏み越えてこないで。わたしに縋らないで。先輩だから、年上だからと必死に飲み込んでいた色んなことが急に甦ってくる。新人が混乱する指示系統に翻弄されても、罵倒されても、何も助けてくれなかった。何も忘れていなかった。ずっとずっと怒っていた。明日も出勤するためには、その気持ちしかなかった。

口を開ければ言ってはいけないことを言ってしまいそうで、泣いている人の肩をひたすらさすった。後輩のあなたにも迷惑かけてごめんねとか言い出して、それは本当に聞きたくなくなったので適当に話を畳んで車に乗り込んだ。こちら側やあちら側なんて本当は無くて、でもそう区切らないとやりきれない。違うんだから仕方ないって思わないと納得できなかった。職場に波風を立てても庇ってほしかった。保身ですらない、完全な無関心が本当に辛かった。

何一つ許してなんかいなかった。自覚してしまったどす黒い気持ちはずっと心から消えてくれない。わたしの話を聞いてくれる人はもうここにはいないのに。