子守唄

ねんねんころりよ おころりよ

雑記2

今週が終わったら、夏休みになったら、進級できなかったら。影のようにいつもそばにいて、くらくらするほど魅力的で、駅のホーム、階段、日常の一瞬一瞬で誘惑される。
仕事に就いて、お金を稼いで、好きなものをたくさん買って、親孝行もする。想像もつかないほど遠い未来は近いはずの死より鮮やかで、どうしても輝いて見える。期待するな。夢を見るな。夏の陽射しを受けてきらめくそれはまぶしくて、懐かしくて、どうしても手が届かない。夜に包まれて安心するのも束の間、あと数時間もすれば空が白んできて、また始まってしまう。
朝日が昇ったら、今度こそ。

無題

毎日が嫌になったって、三歩出歩いたら知り合いに会うこの街じゃ、変なことはできない。遠くに行きたいと思ったって、少ない小遣いじゃ隣町が精一杯。でも今日はどうしても何かいつもと違うことがしたくて、アイスティーにガムシロを入れてみた。ふよふよした光がアイスティーの中をただよって、グラスの底にぶつかる。ストローでかき混ぜるとふよふよがのぼってきて、またゆっくりゆっくり沈んでいく。このふよふよが素晴らしく甘いことを知っているから、綺麗だと思うのかもしれない。プールに潜ったとき、水中に射し込む太陽の光のように、ガムシロだけが光ってた。

いぬ

犬と結婚したいな。犬は言葉を喋れないから、かわいい。なんとなくの気持ちは分かるから、なんとなく付き合っていける。人間は言葉を覚えすぎたんじゃないかな。
ライスシャワーの代わりにカリカリを浴びて、ふたり初めての共同作業は網戸壊し。指輪もドレスもいらないけど、首輪だけは着けててほしい。野良犬になったらこまるから。
犬はわたしを自動ご飯出しマシーンだと思ってる。わたしが犬のことを好きなだけだから、それでもいい。それでもいいから、ずっと一緒に生きていきたいな。犬はわたしがいなければ生きていけないって、ほんとはそんなわけないんだけど、そう思い込ませててほしい。わたしも、犬がいなければ生きていけない。共依存とは言わないと思う。これだって、支え合うってことじゃない?どうして人間だと、両思いじゃなきゃダメだと思っちゃうんだろう。
ねぇ。毎日毎日遊んで散歩してひなたぼっこして、ずっと一緒に生きていこうよ。喧嘩したってすぐ忘れるから、ずっと仲良しだよ。言葉が通じなくたっていいよ。おやつなんかいくらでもあげるよ。寿命だって半分こしよう。ずっと一緒にいようね。ずっとだよ

雑記

ここ最近何もうまくいかなくて、死ぬことばかり考えていた。漠然と、死ぬしかないと思っていた。いろんな死に方を考えたけど、飛び込みだけは嫌だと思った。痛そうだから。
電車が来るその瞬間は飛び込んじゃおうと思うけど、やっぱり怖くて、その日もぼーっと地下鉄に揺られていた。ふと見た向かいの席の窓に映った私には顔がなかった。ぎょっとしてよく見たらたまたまそこが汚れていただけだった。まだ自分が何かにぎょっとすることに驚いた。やっぱり私でも自分の顔がなくなったらびっくりするんだ、と、他人事のように思った。

重ければ重いほどいいと信じている。

 

立て続けに心に負荷がかかって、壊れかけてしまった人がいた。仲良くしていたけど自分にできることは呼び出されて話を聴くくらいしかなかった。その目が何を見ていたのかは、煙草の煙でよく見えなかった。

焦ってしまって、でも何も言えなかった。わたしはこの人の恋人ではない。この人を抱きしめるのは、わたしの役目ではない。でもこの人をここに留めておくなにかが欲しかった。そうしないといつの間にか遠くに行ってしまうと思った。たまたま持っていた歌集を貸した。好みかどうかはどうでもよかった。それをわたしに返すためにここにいてくれればよかった。胸に押し付けて、顔も見ずに逃げ帰った。

 

何日かして、歌集を読んだ、良いと思った、同じ筆者の歌集があるならそれも読みたい、というメッセージがきた。

なれただろうか、厄介な重りに。あなたをここに留めておく、錨に。

ガラス編

最近短歌を詠むことより文章を書くことにはまっていて、突発的に、人の短歌を文章にしたり、文章を短歌にしてもらったりする企画を思いつきました。第一弾は.原井(根本博基)さん(@Ebisu_PaPa58)と!『布』と『ガラス』という2つのお題を決めて、『ガラス』をテーマに書いた文章に、原井さんが短歌を詠んでくれました。原井さんのブログでは『布』で原井さんが詠んだ短歌を文章にしてますので、そっちも読んでね。ぜったいね!→ http://dottoharai.hatenablog.com/entry/2017/05/26/202720

 

 

ガラス/ねん

24色の色えんぴつしか知らなかった。世の中の色はそれで全てだと思っていた。24色どころじゃないのを知ったのは、子どものころ旅行先でステンドグラスを見た時だった。名前も知らない色がたくさんあった。この果てしない模様はいったいどこから作るんだろう。何が描かれているのかはわからなかったけど不思議と惹きつけられて、心の片隅にずっと残っていた。

ある日街を歩いていると小さな喫茶店を見つけた。なんとなく入ってなんとなく着いた席の、その窓だけ、ステンドグラスだった。ああこれに呼ばれたんだ、また会えた、と思った。それからそこは私の指定席になった。
その日いつものようにあの喫茶店に行って、店のドアに貼られた貼り紙を見て、閉店したことを知った。何かがあったのか店内は荒らされていて、窓もたくさん割れていた。ふと色とりどりのガラスが目についた。これは、もしかして、いや、もしかしなくても。思わずかけらを手にすると、鋭い痛みが走った。手から落ちたガラスが地面にぶつかってさらに粉々に割れた。青色のガラスで手を切ったのに、赤い血が流れるだけだった。緑色のガラスで太陽を透かしてみたけど、太陽は月にはならなかった。ずっとずっと、別の世界へ行きたかった。あの喫茶店でコーヒーを飲む間は、ステンドグラスの中に入り込んでいる気がした。こんなつまらないわたしでも、わたしにしか出せない色があると、ステンドグラスの無数の色のうちの一色になれていると、信じていた。なくなってからしか、気付けなかった。
赤色のガラスを目にかざして、家への道を歩いた。大きな水たまりを踏んで、思わずガラスを落とした。赤い小さな世界のかけらは、真っ赤な水たまりに沈んでいった。

 

 

 

ステンドサングラス/根本博基

古道具屋にはステンドサングラス わたしを待っていたかのように

退屈な世界を鮮やかに変える それは素敵な七色眼鏡

悲しみも鬱もステンドサングラス越しにきらきら光るきらきら

だけどこれだけはステンドサングラス 直視するべきモノクロなのに

捨てたはずなのにステンドサングラス 今日も視界はこんなに虹色

夢だけがくるくる狂う舞い踊る それは呪いの七色眼鏡

 

 

夢から醒めた夢

朝、目を開けた瞬間に直前まで見ていたはずの夢をすっかり忘れていることがある。思い出そうとするけれど誰が出てきたのか、何があったのか全く思い出せない。そんなにゆっくりもしていられないのでモヤモヤしたままベッドから出る。支度をするうちにそんな気持ち悪さは忘れて、暑さや寒さや人混みや眠さや空腹にうんざりしながら、また今日を生きる。

 

最近よく夢を見る。

数年前から夢日記をつけていて、日記といっても携帯のメモ機能に大まかに書き込むだけだけど、これが意外と続いている。たいていは寝起きの頭で書くので、ただでさえ支離滅裂な夢が、支離大滅裂な文章で残されていることもよくある。後から読んでもよくわからないけど、なんとなく雰囲気や断片を覚えていたりする。それでいい。

悲しい夢を見て泣きながら起きたとき、その涙はこの世界のものじゃない。わたしたちが生きている世界とはちょっと別のところで生まれた涙だ。いつもの涙よりすこし塩分が多くて、すぐに乾く。乾くとともに、なんで泣いていたのか忘れてしまう。大事なものを忘れてきたような、落ち着かない気分になって、またわたしたちは日常へと溶けてゆく。はかりしれないほど大きなもの。いつもすぐそばにあるもの。よりそっていたいもの。

 

夢と嘘は似ている。

 

嘘をついても、事実は変わらない。それはただそこにあって、それを見るか隠すかの違いだ。

本当はそんなものないのに、あるって言うことだってできる。本当は心の底まで冷え切っているのに、大好きだと言う。胸が焼け焦げそうなほど愛してるのに、素知らぬ顔をする。私たちはいつもそうだ。

 

年に一回、嘘をついてもいい日があるらしい。いろんな人がたくさん考えて、面白い嘘、悲しい嘘、リアルな嘘をつく。そんな日はなぜか、本当のことが浮き彫りになる気がする。

 

昔、好きな人の写真を枕の下に入れて寝ると、夢にその人が出てくるというまじないがあった。そもそも好きな人の写真なんか持ってなくて、どうやって手に入れるのかもわからないくらい小さなころに聞いたそのまじないを、ふと思い出した。特別好きというわけではないけどなんとなく取っておいた俳優のチラシを枕の下に入れてみた。その夜はなかなか寝つけなくて何度も何度も寝返りをうった。夢を見ようと思うとうまく見られない。ちょっと騙してやろうと思ってついた嘘はすぐにばれる。知らず知らずのうちに重ねた嘘はそのうち自分自身をも騙して、あたかも事実かのような顔をする。忘れたはずの夢のワンシーンを些細なきっかけで思い出して、また忘れて、思い出すうちに、本当にそんなことがあったような気がしてくる。夢日記に今日あったことを書いてみる。何ヶ月か先には本当の出来事だったことを忘れて、見た夢のことだと思うだろうか。どんな嫌なことも夢にしてしまえば、傷付かずに済むだろうか。いつか醒めるからと耐えていられるだろうか。

どうしていつも目の前のことを純粋に信じているのだろう。なにが本当かなんて、だれにもわからないのに。

 

気がついたら朝だった。頰が冷たく濡れていた。枕の下に入れたチラシは、くしゃくしゃになっていた。