子守唄

ねんねんころりよ おころりよ

重ければ重いほどいいと信じている。

 

立て続けに心に負荷がかかって、壊れかけてしまった人がいた。仲良くしていたけど自分にできることは呼び出されて話を聴くくらいしかなかった。その目が何を見ていたのかは、煙草の煙でよく見えなかった。

焦ってしまって、でも何も言えなかった。わたしはこの人の恋人ではない。この人を抱きしめるのは、わたしの役目ではない。でもこの人をここに留めておくなにかが欲しかった。そうしないといつの間にか遠くに行ってしまうと思った。たまたま持っていた歌集を貸した。好みかどうかはどうでもよかった。それをわたしに返すためにここにいてくれればよかった。胸に押し付けて、顔も見ずに逃げ帰った。

 

何日かして、歌集を読んだ、良いと思った、同じ筆者の歌集があるならそれも読みたい、というメッセージがきた。

なれただろうか、厄介な重りに。あなたをここに留めておく、錨に。

ガラス編

最近短歌を詠むことより文章を書くことにはまっていて、突発的に、人の短歌を文章にしたり、文章を短歌にしてもらったりする企画を思いつきました。第一弾は.原井(根本博基)さん(@Ebisu_PaPa58)と!『布』と『ガラス』という2つのお題を決めて、『ガラス』をテーマに書いた文章に、原井さんが短歌を詠んでくれました。原井さんのブログでは『布』で原井さんが詠んだ短歌を文章にしてますので、そっちも読んでね。ぜったいね!→ http://dottoharai.hatenablog.com/entry/2017/05/26/202720

 

 

ガラス/ねん

24色の色えんぴつしか知らなかった。世の中の色はそれで全てだと思っていた。24色どころじゃないのを知ったのは、子どものころ旅行先でステンドグラスを見た時だった。名前も知らない色がたくさんあった。この果てしない模様はいったいどこから作るんだろう。何が描かれているのかはわからなかったけど不思議と惹きつけられて、心の片隅にずっと残っていた。

ある日街を歩いていると小さな喫茶店を見つけた。なんとなく入ってなんとなく着いた席の、その窓だけ、ステンドグラスだった。ああこれに呼ばれたんだ、また会えた、と思った。それからそこは私の指定席になった。
その日いつものようにあの喫茶店に行って、店のドアに貼られた貼り紙を見て、閉店したことを知った。何かがあったのか店内は荒らされていて、窓もたくさん割れていた。ふと色とりどりのガラスが目についた。これは、もしかして、いや、もしかしなくても。思わずかけらを手にすると、鋭い痛みが走った。手から落ちたガラスが地面にぶつかってさらに粉々に割れた。青色のガラスで手を切ったのに、赤い血が流れるだけだった。緑色のガラスで太陽を透かしてみたけど、太陽は月にはならなかった。ずっとずっと、別の世界へ行きたかった。あの喫茶店でコーヒーを飲む間は、ステンドグラスの中に入り込んでいる気がした。こんなつまらないわたしでも、わたしにしか出せない色があると、ステンドグラスの無数の色のうちの一色になれていると、信じていた。なくなってからしか、気付けなかった。
赤色のガラスを目にかざして、家への道を歩いた。大きな水たまりを踏んで、思わずガラスを落とした。赤い小さな世界のかけらは、真っ赤な水たまりに沈んでいった。

 

 

 

ステンドサングラス/根本博基

古道具屋にはステンドサングラス わたしを待っていたかのように

退屈な世界を鮮やかに変える それは素敵な七色眼鏡

悲しみも鬱もステンドサングラス越しにきらきら光るきらきら

だけどこれだけはステンドサングラス 直視するべきモノクロなのに

捨てたはずなのにステンドサングラス 今日も視界はこんなに虹色

夢だけがくるくる狂う舞い踊る それは呪いの七色眼鏡

 

 

夢から醒めた夢

朝、目を開けた瞬間に直前まで見ていたはずの夢をすっかり忘れていることがある。思い出そうとするけれど誰が出てきたのか、何があったのか全く思い出せない。そんなにゆっくりもしていられないのでモヤモヤしたままベッドから出る。支度をするうちにそんな気持ち悪さは忘れて、暑さや寒さや人混みや眠さや空腹にうんざりしながら、また今日を生きる。

 

最近よく夢を見る。

数年前から夢日記をつけていて、日記といっても携帯のメモ機能に大まかに書き込むだけだけど、これが意外と続いている。たいていは寝起きの頭で書くので、ただでさえ支離滅裂な夢が、支離大滅裂な文章で残されていることもよくある。後から読んでもよくわからないけど、なんとなく雰囲気や断片を覚えていたりする。それでいい。

悲しい夢を見て泣きながら起きたとき、その涙はこの世界のものじゃない。わたしたちが生きている世界とはちょっと別のところで生まれた涙だ。いつもの涙よりすこし塩分が多くて、すぐに乾く。乾くとともに、なんで泣いていたのか忘れてしまう。大事なものを忘れてきたような、落ち着かない気分になって、またわたしたちは日常へと溶けてゆく。はかりしれないほど大きなもの。いつもすぐそばにあるもの。よりそっていたいもの。

 

夢と嘘は似ている。

 

嘘をついても、事実は変わらない。それはただそこにあって、それを見るか隠すかの違いだ。

本当はそんなものないのに、あるって言うことだってできる。本当は心の底まで冷え切っているのに、大好きだと言う。胸が焼け焦げそうなほど愛してるのに、素知らぬ顔をする。私たちはいつもそうだ。

 

年に一回、嘘をついてもいい日があるらしい。いろんな人がたくさん考えて、面白い嘘、悲しい嘘、リアルな嘘をつく。そんな日はなぜか、本当のことが浮き彫りになる気がする。

 

昔、好きな人の写真を枕の下に入れて寝ると、夢にその人が出てくるというまじないがあった。そもそも好きな人の写真なんか持ってなくて、どうやって手に入れるのかもわからないくらい小さなころに聞いたそのまじないを、ふと思い出した。特別好きというわけではないけどなんとなく取っておいた俳優のチラシを枕の下に入れてみた。その夜はなかなか寝つけなくて何度も何度も寝返りをうった。夢を見ようと思うとうまく見られない。ちょっと騙してやろうと思ってついた嘘はすぐにばれる。知らず知らずのうちに重ねた嘘はそのうち自分自身をも騙して、あたかも事実かのような顔をする。忘れたはずの夢のワンシーンを些細なきっかけで思い出して、また忘れて、思い出すうちに、本当にそんなことがあったような気がしてくる。夢日記に今日あったことを書いてみる。何ヶ月か先には本当の出来事だったことを忘れて、見た夢のことだと思うだろうか。どんな嫌なことも夢にしてしまえば、傷付かずに済むだろうか。いつか醒めるからと耐えていられるだろうか。

どうしていつも目の前のことを純粋に信じているのだろう。なにが本当かなんて、だれにもわからないのに。

 

気がついたら朝だった。頰が冷たく濡れていた。枕の下に入れたチラシは、くしゃくしゃになっていた。

ゆゆきちゃんの小説を読んだ話

最初に断っておくと、これは全く彼女に頼まれたわけではなく、すべて私が勝手に書いたものである。

 

‪おとといくらいに飴町ゆゆきちゃん(@canDuuky )の小説を読んだ。小説を書いてるらしいことは知ってたけど、どこで書いてるのかは知らなかった。この前たまたまURLを見かけて、早速読んだ。すごいよかった…って書きたいところだけど、残念ながらまだそこまで話が展開してないので、それはこれからのお楽しみ。でも、仲が良いからこういうこと言うんじゃなくて、わたしはゆゆきちゃんの書く文章が本当に好きだって確信した。まだ4話までしか‬ないのに、あっという間に引き込まれた。お話も面白いんだけど、文体がすごく私好みで、文章を追うのが快感。ポンポン読める。早く続き書いて欲しい。早く続き読みたい。早く続き書いて欲しいって思いがツイートに収まりきらなくて、わざわざこっちで書く。これを読んだゆゆきちゃんが発奮して週刊連載作家になってくれることを強く願う。早く書いてくれ。

 

ゆゆきちゃんの小説はこちら→ https://kakuyomu.jp/users/candyUUK

 

あわせて読みたいゆゆきちゃんのブログ(『鉄風 鋭くなって』と『絶望という名の地下鉄』を読め)(自選50首は必ず読め)(他も読め)→ http://canduuky.hatenablog.com

290124

ずっと何かを探している。

 

一晩中部屋の中で息を潜めていたら、油断した月が居眠りをした。起こさないようにドアを開けて、白い息を吐きながらコンビニに向かった。

 

どうしようもない虚しさを紛らわせるものを探して、店内をさまよう。ミンティアはもう食べ飽きた。ガムもいまいちだ。唐揚げはちょっと重たすぎる…と、レジ裏の煙草と目が合った。なぜかドキドキして店内を一周した。その辺の適当なお菓子を手に取って、レジに向かう。いかにもついでのように、聞いたことのある銘柄を言ってみた。

 

超えないように気をつけている線はその気になれば案外あっさり超えてしまえる。法律だって所詮そんなものなのだ。お気に入りの服が窓際に干してあったけど気にならなかった。今までいい匂いのお香とカラフルなキャンドルしか知らなかったライターで、火をつけた。最初はむせるらしいので注意深く吸った。吐いた。吸った。鼻に抜けるように吐いてみたら煙草の味がした。これが煙草の味なのだと思った。吸った。下を向いて煙を吐いたら鼻がツンとして、むせた。また吸った。吐いた。持つ手が熱くなってきたので、目の前の空のキャンドルホルダーに突っ込んだ。まだ燻る火種を冷めたコーヒーをかけて消した。

 

吸って吐き 吸って吐き 短くなればもみ消して新しいのに火をつける。無心で繰り返した。ふと我に返るとガラス製のキャンドルホルダーはずいぶん汚くなってしまった。灰と吸い殻とコーヒーにまみれるために生まれてきたわけじゃないのに。綺麗なキャンドルだけ知っていればそれでよかったのに。

 

 酒を飲んでみても煙草を吸ってみても何も変わらない。急に愛してくれる人が現れるわけではない。お前が好きだと何人に言われても少しも安心できなかった。いっそその中の誰かの胸に飛びついて、涙が涸れるまで声をあげて泣けたら楽なのだろうか。

 

ペンを自由に持てるようになっても、私はこんなことしか言えない。