子守唄

ねんねんころりよ おころりよ

フィルムケース 4

祖父の車のドアポケットに、朝顔の種が入っていた。

このあいだ帰省した時に久しぶりに祖父の車に乗って、ドアを閉めようとドアポケットの中に指先を入れたら、たくさんの丸い粒に触った。よく見たら朝顔の種だった。なんでこんなところに種があるのか、聞けばすぐ分かるのだが、答えをすぐに聞くのがもったいなくてしばらく指先で弄んでいた。種の輪郭を指でなぞっていると、遠い記憶の蓋がゆっくりと開いた。

 

昔は植物の種といえばフィルムケースだった。植物が好きだった祖父母の家にはいつもたくさんの植物があった。ちゃんと花を間引き、水をやり、枯れたら種を取るのが祖母の仕事で、祖母が取ってきた種をフィルムケースに入れて、セロハンテープに植物の名前を書いてケースに貼るのが祖父の仕事だった。季節ごとに咲く花たちを祖母は丁寧に私に教えてくれた。

 

さらに記憶は蘇る。

 

保育園に預けられていた頃、ずっと父と一緒に登園していた。バスは毎朝迎えに来たが用意が間に合わず、2年間のうち片手で数えるほどしか乗らなかった。父の職場が近かったので、出勤時間に合わせて毎日1時間ほど遅刻しつつ通っていた。とは言え家族の誰も朝のバスに間に合わせようとしていなかったので、私も特に負い目には思っていなかった。

その優雅な登園の時に、父は車を近くの路上に停めて私を保育園に送ってくれたのだけど、その道にはフェンスがあって、そのフェンスに朝顔が巻きついて咲いていた。ある日父が朝顔の実を取って、殻を指で少し剥いて、手のひらに乗せてふっと息を吹きかけた。殻は簡単に飛ばされて、父の手のひらには黒い種だけが残った。やってごらんと言われて、父と同じように殻を少しだけ剥き、ふっと息を吹いた。そうすると私の手にも種だけが残った。それが楽しくて楽しくて、実を見つけては殻を吹き飛ばし、私の服のポケットにはいつも朝顔の種が入っていた。家に帰ってフィルムケースにその日の朝取った種を入れるのが日課だった。こんなのどうするのと母はいつも怒ったけど、父との楽しいひとときを貯めていくようで嬉しかった。

 

 

車のドアが閉まる音で我に返った。車が停まったのに出てこない私を、怪訝な顔をした祖父が窓越しに見ていた。慌てて外に出て、とっさに種を数粒つかんでドアを閉めた。訳を聞く代わりに、こっそり道ばたに種を蒔いた。芽が出ても、出なくても、いいと思った。