子守唄

ねんねんころりよ おころりよ

終わらない暮らし

他人と抱き合っているときだけ自分の輪郭が見える。余裕のない生活の中で、なりたい自分と本当の自分のギャップをしんどいくらい見せつけられる。もっと優しく元気でいたかったのにって何回も何回も思う。髪を乾かしてもらうとか、今日あったことを全部聞いてもらうとか、明日着る服を選んでもらうとか、そんな小さなたくさんのことを、ひとつずつ全部叶えてくれる。寝る前までに仲直りなんてできる日の方が少なくて、それでもいつも通り抱き合って同じ布団で眠る。

 

毎日会いたいから一緒に暮らすようになった。帰りたくないと駄々を捏ねても、いつも手を引いて家まで連れて帰ってくれた。このまま逃げようと思っても、家であなたがひとりで待ってると思うと帰らないわけにはいかなかった。どこまで遠くに出かけても、同じ家に帰るなら大丈夫だと思った。ここが私の帰る場所だと思った。春の夜、桜の花びらを数えながら煙草を吸った。夏の夕方、雷雨を聴きながら一緒に寝た。冬の朝、起きたら必ずコーヒーがふたつ湯気を立てていた。

一人で越せない夜がたくさんあった。このままどうにかなってしまうと本気で思ってしがみついたら、ぜんぶの力で抱きしめてくれた。腕相撲しても決着がつかなかったその細い腕で。死ぬだの死なないだの馬鹿みたいな話をうんざりするくらい繰り返して、本気だった私をずっと引き留め続けていた。

マグカップも歯ブラシもふたつ並べて使うのが好きだった。ありきたりな幸せがありきたりになるのは、みんな同じ気持ちだからだと思った。嫌なところもたくさん見た。夫婦みたいな喧嘩もして、新鮮さなんかとっくになくて、それでも同棲なんか辞めてやるってどっちも言い出さなかった。

噎せ返るような生活感の中でお互いがお互いだけを見て暮らした日々は、他の誰に笑われても私たちだけの宝物になると思った。


どれほど逃げたいと思っても、現実がちゃんと存在するということを忘れることは出来ない。

一緒に暮らせなくなる現実がそこまで来ていても、私たちはどんな顔をすればいいか分からない。やっと安心して暮らせるようになったのに。だましだましとか見ない振りとかそういうの全部、やっと、やめられるようになったのに。

私のいなくなったこの部屋で、あなたはちゃんと眠れるだろうか。この部屋から私の匂いがしなくなっても、私のことを覚えていてくれるだろうか。毎日会っていたことに感謝なんかしない。その毎日を当たり前にできたことが私たちの戦果だと思う。どこにいても一緒だよなんて、ありふれた言葉を唱えあっている。ありふれた言葉は、先人の涙だ。


ふたりでいたら2倍になれた。でもひとりになったって半分になったわけじゃない。2倍のままで、今度会えたら4倍になる。会うたび無限に強くなる。そう思うしかない。闘うようにしか生きられない。最後の日まで喧嘩ばっかりでも、ちゃんと抱き合って眠ればいい。ひとりで眠る練習なんかしない。眠れないって言ったら、走ってきてくれるだろうか。待ち合わせにはいつも遅れてくるあなたが、走ってくるのを見るのが好きだった。


来る日々のことはまだ分からない。それでもきっと、

私たちはひとりぼっちにはならない。