子守唄

ねんねんころりよ おころりよ

愛しさと切なさと 2

実家に住んでいた頃、晩ごはんを食べた後に父とふたりでニュースを見る時間があった。あった、と言ってもちゃんとニュースを見るのが家族の中で父とわたしだけだったので、いつもふたりで見ていた。話上手な父親は世界情勢や政治についていつも分かりやすく説明してくれて、それを聴くのが大好きだった。

 

 最近仲良くしてる先輩がいて、夜に散歩するのが2人の間で流行っている。この間も夜中に今ひま?ってメッセージが来て、2人してパジャマみたいな格好で近くの公園まで歩いて、だらだら喋っていた。社会学を勉強している先輩はもうすぐイギリスに留学に行くんだけど、いまのイギリスの情勢が不安だという話をしていた。分かるところと分からないところが混ざった話をぼんやり聴いていた。わたしが分からなさそうにしていると先輩はちゃんと気づいて馬鹿にすることなく説明してくれた。

そのうち人間の生き方についての話になった。今はまだ学生だから勉強さえしていれば良いけど、社会人になったら自分が働かないと生きていけなくて、最初のうちは仕事が楽しくて働くかもしれないけど、そのうち働く原動力になるのは自分の家族を養うっていう使命感だよね、って先輩は言った。働けばお金がもらえて生きていける、それはすごくよくできた仕組みなのに、いちばん根っこにあるのは感情なのって、人間って本当に動物として欠陥があるよね、と。しかもその原動力となる相手を選ぶ基準は十人十色で、それなのにちゃんと相手を見つけて結婚して子孫を残していく。やっぱりそのへんの動物みたいに、いちばん体が大きいやつがボスだとか、くちばしがいちばん赤いやつがモテるとか、そういう単純な基準でよかったんだよ。

真夜中の変な興奮と夏の夜風が混ざって、熱いのに冷たくて、ふたりともたぶん少し寂しくて、先輩はまだ喋っていて、今までそんな話はしたことないのに、先輩の低くて優しい声に父の顔がオーバーラップして、遠くのほうでかすかに虫が鳴いていて、何かが溢れてしまいそうだった。

わたしの様子がおかしいことに気づいたのか、先輩は不意に話をやめて、帰るかと言って立ち上がった。がっかりしたけど、同じくらいほっとして、はい、と言って私も立った。

帰り道ではふたりとも何も話さなかった。私のアパートに着いて、先輩が一言だけ何かつぶやいて、なんて言ったんですかって聞こうとした瞬間に、じゃあまたねと先輩は歩き出してしまった。

部屋の窓から、外の道路を先輩が歩いていくのが見えた。ゆっくり、でも規則正しく遠ざかっていく先輩がだんだん夜の闇に溶けて、見えなくなった。先輩と同じ闇の中にいたくて、私も部屋の電気を消した。