子守唄

ねんねんころりよ おころりよ

流した涙だけが透明

中学生の頃から京都に憧れていた。きっかけは森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」という小説だった。物語もさることながら、軽快な筆致で綴られる京都の街に魅了された。京都のことは全然知らないけど、絶対京都で大学生活を送りたいと思った。わたしの熱烈な京都愛におされた両親が、何度か京都に連れて行ってくれた。灼熱の夏も、極寒の冬も、朝も夜も、細い道も、大きな川も、どんな小さなことでも知れば知るほど好きになった。この街で暮らせたらどんなに素敵だろうと思った。

幸い学費の心配はしなくてよかった。ただ、家を出させてもらうからにはそれなりの大学に入るつもりだったので、一生懸命勉強した。何よりあの街で暮らせることが楽しみで仕方がなかった。あの街の一部になれるのが嬉しかった。誰よりも京都が好きな自信があった。周りの大人たちも全員応援してくれて、勉強も進んだ。先生にも家庭教師にも合格確実と言われるまでに学力を持っていくことができ、勉強の合間には京都での大学生活に思いを馳せていた。京都に行ったらお母さんも月に一回は遊びに行こうかな。えー、やだ、そんなに来ないでよ。そんな会話も楽しかった。

 

だが、落ちた。全て落ちた。わたしを含め誰もが驚いた。期待して合格発表を見ては泣いた。後期まで粘って粘って、合計で8回受験した。それでもだめだった。最後の最後に合格発表だった大学は、あと1点で落ちた。全く行く気のなかった、すべり止めに受けていた関東の大学に行くことに決まった。それはたまたま祖父の家の近くだった。今まで遠くてなかなか会えなかった孫が近くに来ることになって大喜びする祖父を見るたび、気持ちは落ち込んだ。一気に大学生活が楽しみじゃなくなって、春休みはずっと泣いていた。

でも、親の前では泣かなかった。毎日目を腫らしていたので絶対ばれていただろうけど、親も何も言わなかった。どれだけ頑張っていたか分かってるよ、と言われているようでまた泣いた。京都の大学に行くために高校に行ったのに、関東での一人暮らしのお金も全部出してもらって、申し訳ない気持ちしかなかった。

当時の彼氏とも、遠距離恋愛が決まった。関西で一緒に大学生活を送ろうという約束が、未来が、消えた。真っ暗だった。大学で楽しいことなんか一つもないと思った。送られてくる学校案内やサークルのパンフレットを、親の前で涙をこらえてニコニコ読んだ。全部なくなればいいと思っていた。

そして新生活が始まった。大嫌いな町で行きたくもない学校に通う日々。初めはなんとか自分を鼓舞して、だましだまし行っていた。でも、こんなところに来るはずじゃなかった、という思いは消えなかった。入った学部もなんとなく肌に合わなかった。せめて他の学部にしていれば、と思った。友達もできなかった。当然すぐに行かなくなった。単位のことは考えないようにした。まだ一年生だしなんとかなるだろうと自分に言い聞かせた。親から電話が来るたびに学校に行っているふりをして、その晩は必ず泣いた。親に何と言ったらいいか分からなかった。

彼氏は、わたしがあんなに行きたかった京都のすぐ近くに住むことになった。夜行バスに乗って彼のところに行くたびに、京都の近さを感じた。ここに二人でいるはずだったのにと思った。そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、彼はよく関西についての愚痴を言っていた。関西弁を使わないと嫌われる。文化が違って不便。面白いことを言わないとなめられる。わたしにはただ聞くことしかできなかった。口を開けば、言ってはいけないことを言ってしまいそうだった。

そんな中、サークルだけが救いだった。なんとなく気の合う人たちで、わたしの居場所という感じがした。誰に嫌われてもいいと思っていたので、たぶん先輩に色々失礼なことを言った。怖いものなしの生意気な新入生を、先輩はすごくかわいがってくれた。授業に出なくなっても、サークルには行った。ここに行かないと本当に駄目になると思った。わたしが学校に行ってないことを知る人は少なくて、肩身の狭い思いをすることもなかった。居心地のいい場所だった。

ある寒い秋の日、彼氏と別れた。薄々気付いてはいたが、認めたくなかった。わたしがあんなに行きたかった土地で、わたしより大事なものを見つけてほしくなかった。わたしより泣きじゃくる彼氏の声を聞きながら、ふと見上げた月が綺麗だった。あの月より彼氏のほうがずっとずっと遠いのだと思った。最後にもう一度だけ、顔を見たいと言った。すっかり関西に染まった口調で頑なに拒まれた。たった30分の電話で、私たちの二年間は終わった。

別れたあと、なぜか体が軽くなった気がした。悲しかったけど、心はそれほどダメージを受けていなかった。それより、解放されたという気持ちの方が大きかった。自分でも驚いた。こんなに晴れ晴れとした気分は久しぶりだった。毎日ちゃんと起きた。学校にも少しずつ行き始めた。授業は全然分からないし単位は絶望的だしまだ休みがちだったけど、それでも毎日どれかの授業には出た。親にも全て話す決意をした。(これだけがまだ決意だけど)成績表が届く春に、ちゃんと説明して謝って、二年生から本気で頑張るからって伝えて、泣かれると思うけど、ちゃんとすることに決めた。

一年前の春休み、泣きながらめくったサークルパンフレット。クラスに居場所を見つけられなくなったわたしを受け入れてくれた、この町の楽しさを教えてくれたサークル。そのサークルの新入生勧誘チラシを、今日、わたしが、この手で、描いた。新入生がどんな気持ちで入ってきても、わたしたちが彼らの居場所になれるようにと、願いを込めて。