子守唄

ねんねんころりよ おころりよ

まぶたの奥で

気がついたら夏だった。

肌にじっとりまとわりつくような暑さで、蝉の声が遠くで聞こえている。天気が良くて、木漏れ日がきれいで、麦わら帽子のにおいがして、こんな帽子持ってたっけ?と思った。先を行く人は白いシャツを着てて、顔は見えないけどなぜか知り合いだとわかった。ついていかないといけない気がして、草むらをかきわけて進む背中を必死に追いかけた。

 

いつの間にかこたつで寝ていた。着込んだフリースの下で汗をびっしょりかいていた。蝉の声は、つけっ放しのテレビからだった。いつも真反対の季節に憧れて、勝手だなと思う。

いつも思いを馳せるのは過去の夏だ。今はもうまぶたの奥でしか会えない人たちが、あの夏にはいた。会おうとすれば会える人もいるけれど、会わないほうがいいと思った。わたしの記憶の中だけで輝けばいい。わたしの頭の中でだけ、永遠であればいい。

 

夏には永遠が似合うと思う。線香花火を持ったとき、どうしてずっと続くことを祈ってしまうのだろう。数十秒だけ永遠を祈って、夏はまた来年も来る。分かってるのに、なぜ夏の終わりはいつもこんなに寂しいんだろう。やっぱり終わりを信じてしまうからだろうか。夏の終わりを信じて、冬に憧れてしまうから、やっぱり夏は永遠にはなれないのだろうか。

 

しけってしまった花火は何回火をつけても火花を散らすことはなかった。冷たい風が、線香花火の燃えかすを飛ばしていった。

そして夏

昼寝から起きて、喉が渇いたので水を飲もうと思った。水道水はぬるいので冷蔵庫のお茶を飲もうと手をかけたところで、昨日飲みきってしまったことに気がついた。キンキンに冷えたものを体に入れたくて、太陽に照らされながら近くの薬局まで出かけた。お茶かスポーツドリンクかで迷って、なぜかアイスを買っていた。
家までアイスがアイスの形を保っていられるか不安だったので、袋をあけてかじりながら歩いた。アパートに帰る途中の道には田んぼがあって、実家の近くに雰囲気が似ているので好きだった。あと1ヶ月でお盆か、早いな、今年は新幹線で帰ろうかな、とぼんやり考えていたらアパートに着いた。階段を登ろうとして、ふと田んぼの向こうを女の子が歩いていくのが見えた。母校の制服を着ていた。青いシャツに、特徴的なチェックのスカート。瞬間、自分がどこにいるのか分からなくなった。地面がぐにゃっと歪んだ気がして、あんなにうるさかった蝉の声が遠く聞こえた。
思わず道路に飛び出した私のすぐ目の前を、轟音とともにトラックが通った。思わず足を止めたその間に女の子はいなくなっていて……なんてことはなく、女の子はまだちゃんと田んぼの向こうを歩いていた。2,3歩追いかけて、微妙にスカートのチェックの色が違うことに気がついた。よく見たらシャツの形も少し違う。そりゃそうかとひとりごちて、アパートに向かった。こんなとこにうちの高校の子がいるはずないよなと思って、それにしてもよく似てるなともう一度だけ振り返ったら、女の子もこちらを見ていた。目が合って、女の子がうっすら微笑んで、えっと思った瞬間にくるっと向きを変えて、すたすたと歩いて行ってしまった。世界が数ミリずれたような違和感を抱えながら部屋に入って、テレビをつけるとちょうど好きな番組が始まるところだった。そのことに気を取られ、さっきのことなどすぐに忘れてしまった。

 

あの時ずれた世界が なんとなく元に戻らない。

雑記2

今週が終わったら、夏休みになったら、進級できなかったら。影のようにいつもそばにいて、くらくらするほど魅力的で、駅のホーム、階段、日常の一瞬一瞬で誘惑される。
仕事に就いて、お金を稼いで、好きなものをたくさん買って、親孝行もする。想像もつかないほど遠い未来は近いはずの死より鮮やかで、どうしても輝いて見える。期待するな。夢を見るな。夏の陽射しを受けてきらめくそれはまぶしくて、懐かしくて、どうしても手が届かない。夜に包まれて安心するのも束の間、あと数時間もすれば空が白んできて、また始まってしまう。
朝日が昇ったら、今度こそ。

無題

毎日が嫌になったって、三歩出歩いたら知り合いに会うこの街じゃ、変なことはできない。遠くに行きたいと思ったって、少ない小遣いじゃ隣町が精一杯。でも今日はどうしても何かいつもと違うことがしたくて、アイスティーにガムシロを入れてみた。ふよふよした光がアイスティーの中をただよって、グラスの底にぶつかる。ストローでかき混ぜるとふよふよがのぼってきて、またゆっくりゆっくり沈んでいく。このふよふよが素晴らしく甘いことを知っているから、綺麗だと思うのかもしれない。プールに潜ったとき、水中に射し込む太陽の光のように、ガムシロだけが光ってた。

いぬ

犬と結婚したいな。犬は言葉を喋れないから、かわいい。なんとなくの気持ちは分かるから、なんとなく付き合っていける。人間は言葉を覚えすぎたんじゃないかな。
ライスシャワーの代わりにカリカリを浴びて、ふたり初めての共同作業は網戸壊し。指輪もドレスもいらないけど、首輪だけは着けててほしい。野良犬になったらこまるから。
犬はわたしを自動ご飯出しマシーンだと思ってる。わたしが犬のことを好きなだけだから、それでもいい。それでもいいから、ずっと一緒に生きていきたいな。犬はわたしがいなければ生きていけないって、ほんとはそんなわけないんだけど、そう思い込ませててほしい。わたしも、犬がいなければ生きていけない。共依存とは言わないと思う。これだって、支え合うってことじゃない?どうして人間だと、両思いじゃなきゃダメだと思っちゃうんだろう。
ねぇ。毎日毎日遊んで散歩してひなたぼっこして、ずっと一緒に生きていこうよ。喧嘩したってすぐ忘れるから、ずっと仲良しだよ。言葉が通じなくたっていいよ。おやつなんかいくらでもあげるよ。寿命だって半分こしよう。ずっと一緒にいようね。ずっとだよ

雑記

ここ最近何もうまくいかなくて、死ぬことばかり考えていた。漠然と、死ぬしかないと思っていた。いろんな死に方を考えたけど、飛び込みだけは嫌だと思った。痛そうだから。
電車が来るその瞬間は飛び込んじゃおうと思うけど、やっぱり怖くて、その日もぼーっと地下鉄に揺られていた。ふと見た向かいの席の窓に映った私には顔がなかった。ぎょっとしてよく見たらたまたまそこが汚れていただけだった。まだ自分が何かにぎょっとすることに驚いた。やっぱり私でも自分の顔がなくなったらびっくりするんだ、と、他人事のように思った。

重ければ重いほどいいと信じている。

 

立て続けに心に負荷がかかって、壊れかけてしまった人がいた。仲良くしていたけど自分にできることは呼び出されて話を聴くくらいしかなかった。その目が何を見ていたのかは、煙草の煙でよく見えなかった。

焦ってしまって、でも何も言えなかった。わたしはこの人の恋人ではない。この人を抱きしめるのは、わたしの役目ではない。でもこの人をここに留めておくなにかが欲しかった。そうしないといつの間にか遠くに行ってしまうと思った。たまたま持っていた歌集を貸した。好みかどうかはどうでもよかった。それをわたしに返すためにここにいてくれればよかった。胸に押し付けて、顔も見ずに逃げ帰った。

 

何日かして、歌集を読んだ、良いと思った、同じ筆者の歌集があるならそれも読みたい、というメッセージがきた。

なれただろうか、厄介な重りに。あなたをここに留めておく、錨に。